カテゴリー:2000年11月

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「どうやって若くしてプロになったのですか?」Part2

昨日の続きです。

その当時、最年少で日本広告写真家協会会員になる。(これもちゃんとした入会年度がわからなくなってしまってるので、今度協会に行って調べてきます)会合などに参加すると、いっぱい著名な写真家の方々がいたので、いつも緊張していたのを覚えている。
1986年に初の個展「SPIRITUAL MOMENT」(卒業制作から始まって、写真雑誌で連載していたシュルレアリスムのヌードシーリズ)をコダックギャラリーで開催。(当時は銀座並木橋の路面にあり、メーカー系のギャラリーではダントツの人気があった)
実は開催の前に友人のオーストラリア人のイラストレーター(オーストラリアではかなり有名だった)を訪ねて、1ヶ月程機材とBOOKを持って遊びに行っていたのです。彼の紹介で現地のファッション雑誌の仕事をさせてもらい、その仕事を気に入ってくれた日本人びいきの出版社社長の「ビザの世話をしてあげるから、うちにこないか?」の一言で、オーストラリア行きを決めたのです。で、写真展開催の挨拶のときに集まった人にオーストラリア行きを宣言し、開催終了1ヶ月後にはオーストラリア、シドニーに旅経ちました。
1年程はシドニーのローカルの仕事だけをしていたのですが、オーストラリア建国200年があり、現地の経済も発展し、日本でもオーストラリアブームがやってきます。日本では杉山がコマーシャルフォト誌の巻頭特集に掲載され、オーストラリア特集をする雑誌や、広告の仕事がどんどん増えて行きました。ターザン、流行通信、ハイファッションなどの雑誌、PARCOやCASIOの仕事、オーストラリア政府観光局の大キャンペーン広告なども担当した。(日本はバブルのまっただ中)
永住権を取得したのを期に現地の有名レップに所属したのでローカルの仕事では、エル、コスモポリタン、ハーパスバザーなどの雑誌もこなしました。
約5年滞在の後、帰国。人物・ファッションを中心とした広告・雑誌の分野で日本での活動を再開しました。
1993年から1997年の間には、オーストラリアでの仕事をまとめた写真展や撮りおろししたカップルの写真などで、立て続けにPARCO、高島屋などで個展を開催、写真集を出版しました。
1997年からは「中山秀征の写せっ!」(フジテレビ系列)などのTV番組にもレギュラー出演。同年、日本コロムビアよりCD-ROM写真集「LOVERS」発売。それを期にホームページを作り、デジタルフォトを導入。

こんな感じで現在に至っているのですが、振り返ってみると、何かのお導きのようにラッキーなことが続いています。でもいつも自分の指針にしていることは、「ひらめきを大事にし、すぐに行動する。」「あきらめずに、継続する。」ということと、「何にでも感謝!」

Posted by nsp | | Comments (0) | TrackBacks (0) | 2000年11月27日

「どうやって若くしてプロになったのですか?」Part1

う〜ん、突っ込んできますねえ。あまり具体的に書いちゃうと「杉山って、ただラッキーなだけじゃん!」って言われそうで怖い。(笑)
まあ、でもほとんど同じような質問を毎回されることが多いから、インチキ自叙伝みたいだけど自分の半生(反省?)も含めてかいつまんで書いてみます。

岐阜の田舎で育ったヤツがマグレで日大芸術学部の写真学科に合格しちゃったので、上京したんです。東京は田舎では体験したことがないような毎日でした。大学には芸能人もいっぱいいるし、先輩や東京人はみんなかっこいいし、何でも知っている。で、写真学科と言えば、写真キチガイがいっぱいいて、なんかのフォトコンに入賞したヤツとかが結構いて、話している写真用語が杉山にはまったくわからない。まあ、写真やカメラのことをほとんど知らない田舎者には、カルチャーショックと自身喪失の毎日でした。
で、こんなことではイカンと奮起して、自分にためになりそうな先輩を見つけては金魚のフンのようにくっついていました。某有名作詞家の甥っ子の先輩には写真のことやら芸能界のこと、いけない遊びまでしっかり教えていただきました。ただいつも強く思っていたのは、とにかくいろんな人に会い、何かを吸収しようというハングリーさと、すぐに実行する、それも徹底して。すべての経験を写真に繋げる。
大学2年生くらいになると1年をどう過ごしてきたかが、はっきりと表れてきました。入学当時のただの写真キチガイではなく、本当に一生懸命写真をやってる連中が頭角をあらわしてきました。ライバル心は隠しつつもあいつには絶対負けない、信念ですね、これはもう。写真作家の大坂 寛さんなども同級生でライバルだね。
そうこうしているうちに、自分も頭角をあらわすことになります。まあ、女の子と付き合えば、その子はもちろん僕の専属モデル。撮りたいもの何でも撮っちゃいます。(ちょっと危ない発想ですが..)大学2年の終わり頃には50人近くの女の子のヌード作品持ってましたから。
また、原宿のカフェに行っては外人モデルを英会話の本を片手にナンパし、写真を撮らせてもらう、なんてこともしていた。いずれは海外に行きたいという夢なんかももっていましたから、英語と写真、一石二鳥??という具合です。
大学3年の時だと記憶していますが、その当時集英社が主催の写真大賞を受賞したことがあって、賞金の他にサントリーとのタイアップで副賞で、アメリカ、カリブ海豪華クルーズ、トロピカルキャンペーン!がついてきたんです。そのときに後の『楽園』で木村伊兵衛賞をとった有名写真家の三好和義さんも同時に受賞して、一緒に撮影旅行に行ったんです。その当時から彼は日大にはいないタイプのとてもすばらしい写真を撮っていて、メラメラと燃えました。彼の方はライバル心なんてなかったかもしれませんが、杉山にとってはとても良い刺激でした。やっぱりライバルがいないと何事もだめなのかもしれません。
その受賞をきっかけに集英社の「週刊プレイボーイ」「月刊プレイボーイ」「ヤングジャンプ」等のグラビア系の仕事が入ってきました。その当時、篠山紀信さんがその道で『激写』で大活躍していたので、流行ものが好きな杉山は、タレントさんとも仲良くなれちゃうし、一石二鳥??なんて、その道にのめり込んでいきました。
そういった仕事とは別に商業ベースのカメラマンとは違った写真作家も数多く出てきた時期で、大学の卒業制作はシュルレアリスムのヌード作品を制作しました。それが朝日だったか読売だったか忘れてしまいましたが、新聞に大きく掲載され(大学の教授が推薦してくれた)、その後グラビアとは違うシュルレアリスムの写真家としても、『写真時代』(アラーキーを排出した写真雑誌)などでも作家活動をしていました。JPSとかAPAなどもこのへんの作品で入選しています。世界的に有名な写真雑誌のZOOM(フランス版/日本版)、PHOTO(日本版)等にも紹介されるたのもその頃です。第一次写真ブームですね。(この頃は何人かの写真評論家の方に気に入られていた。)
その後、グラビア系の仕事でいろいろあって、グラビア系の仕事からファッション、広告の仕事に方向転換をします。
大学を卒業して1年目だったか2年目だったか、カメラメーカーのNIKONより杉山の撮影日記風の文庫本を出版。また「澪つくし」で一躍有名になった沢口靖子を起用したNIKONの大キャンペーン広告に抜擢されました。

ない頭でいっぱい書いちゃったから、疲れちゃいました。この続きはまた明日。
それにしても一石二鳥!、一粒で二度おいしい!が好きな杉山だということがわかりますね。

Posted by nsp | | Comments (0) | TrackBacks (0) | 2000年11月26日

「どうして写真の道を選ばれたんですか?」

「写真のもつ魅力は?」と言う質問を多くいただきます。

写真の道??
それ程よく考えた末での決断なんてものじゃないんですよ。カメラマンなんて仕事もいいかな?って言うくらいの気持ちでした。何となく美術系の大学にいきたいななんて思っていたんです。まあ、合格した大学が写真の学校だから、そこに入れば必然的に写真をはじめることになったということでしょうか?
だいたい岐阜の田舎で小中高をすごし、中高なんてサッカー部で、高校なんて国体選抜に入っちゃたものだから毎日毎日バリバリの体育系でした。だからかもしれないけれど美術系にはとても憧れてたりなんかして....僕の行っていた高校ってのが田舎では珍しく公立なのに美術科と音楽科があって、(そういえば映画監督の篠田正浩さんやアーティストの日比野克彦さんは同じ高校です。加納高校っていうんですけど。)「あいつら楽しいそう!」って思っていました。そんなもんです動機なんて。
僕も若い頃だったから、動機は単純だし、何も知らない田舎者って感じでしたよ。

大学に入ってから、負けず嫌いが幸いして、あれよあれよという間にドップリこの世界に入り込んだんです。人一倍、写真の事は考えていたし、写真も撮っていました。いくつか賞を取って、いろんな人と知り合ううちに在学中から仕事を始めちゃって、結構稼ぎが良かったので、就職がばかばかしくなってしまって、ず〜っとフリー。22才位の時には事務所も原宿、アシスタント付きになっていました。

写真の魅力??
なんだろう?自分がやってきたものが形に残る事かなあ?絵とか彫刻ななんてのもそうだけど・・・
自分を表現する?って言うほどではないけれど、なんだか、写真を撮るのは今でもすごく楽しいですよ。

あまり質問の答えになっていない感じがしますが、とにかく、他のアートよりは簡単に入っていけるところがいいんじゃないかな?

Posted by nsp | | Comments (0) | TrackBacks (0) | 2000年11月21日

どうぶつ-KERA

こちらもアニマル・ファッションの特集です。いろんな動物が小屋の中に住んでいます。ロケ場所は原宿にあるショップの更衣室なんですが、部屋にいるみたいでなかなかおもしろい写真ができました。誰?アムステルダムの飾り窓みたいと言ったのは?(笑)原宿系とギャル系では、こんなに違うのかというのが良くわかります。あなたはどっちが好きですか?


画像はコチラ

Posted by nsp | | Comments (0) | TrackBacks (0) | 2000年11月15日

リアル・アニマル&フェイク・アニマル-HAPPIE

動物園でアニマル・ファッションの撮影をしてきました。動物たちがとてもいい子で、モデルと仲良く写真に収まってくれたので、良い写真が撮れました。とにかく写真を見てください。来年はヘビ年だよね。


画像はコチラ

Posted by nsp | | Comments (0) | TrackBacks (0) | 2000年11月09日

はなちゃん

タレントのはなちゃんを白元の新製品の「ゆたんぽ」のCMで撮影しました。電子レンジでチンすると、湯たんぽ状態が8時間ほど続くと言う、優れものです。
さすが、はなちゃんはモデル出身だから、撮影は手慣れたものです。ポーズも決まって、あっと言う間に撮影終了しました。写真の上がりはどの写真も良く写っていて、どれを選んだら良いかわからないくらいでした。さすがに売れっ子モデルだった人は違うと感心した撮影でした。

Posted by nsp | | Comments (0) | TrackBacks (0) | 2000年11月01日